図書館学徒未満

図書館学に関する本を読んだり調べごとをしたりしています。はてなダイアリーから移行しました。

勉強の意味がわからない人へのブックガイド

※ここに紹介する本はすべてが子ども向けではありません。しかし適切な大人の助けがあれば、どれも中学生でも読み通せるものです。


ちきりんさんを発端とする普通教育課程再構築の話がにぎわっているようです。


わたしは教育学徒ですから、いずれの立場であれこういう話題をきっかけに皆さんが教育学について興味を持って頂ければとても嬉しいですし、ぜひ 『文章読本さん江 (ちくま文庫)』 や『学歴貴族の栄光と挫折 (講談社学術文庫)』でも読んでもらいたいなーと思っております。

なので本稿ではわたしの意見というよりは、
「何のために勉強するのかわからない」とお悩みの中高生や
「子どもにどうやって勉強の面白さを伝えたらいいのか分からない」とお悩みの保護者、教師の方に向けてお送りします。

でも本題はそういうところじゃなくて

反対派の皆様のご意見は
「そりゃー条文を好意的に解釈したら安全安心なんだろ?でもそうじゃない!政府なんか信用できるか、あいつらはどんな風に恣意的に運用するかわかったものじゃない!!」
なんですよね?
もしそういった、政府は一切信用ならずどのような条文を制定しても無意味であるという観点に立つならば、条文の精査は意味がなくなります。
条文の問題ある表記をこのように修正せよ、という提案ならともかく、当該法の成立そのものがまかりならぬという反対意見は、このような政府に対する根強い不信感が元になっていると思います。


それで、例えば刑法に基づく犯罪者の逮捕は警察が行っており、もし警察が恣意的な基準に従って不当逮捕を行った場合は司法機関がこれを検証することになっていたかと思います(この解釈あってる?)
つまり、たとえ警察が信用できなくとも裁判所が信用できれば刑法は問題なく運用されると信じられる訳です。

特定秘密保護法の場合、警察の役割は各行政機関が、裁判所の役割は内閣が果たすイメージだと思います。行政機関の皆様はおとなしく内閣の言いなりになるようなタマではない*1し、我が国においては内閣がコロコロ変るので、政権交代が適切に行われているならば検証制度としてはそう悪くないと個人的には思っています。

「内閣だって行政機関なんだから、行政機関同士チェックが甘くなるだろ!」というご意見がありますが、この「行政機関同士だからチェックが甘くなる」のは何故なのかがわからないです。
内閣(総理大臣)は選挙で選ばれていてコロコロ変ったりしますが、行政機関職員の大半は公務員として雇用された方々で選良ではありません。官公庁ひとつとっても、内閣と完全に利害が一致しているとは思えない事例が多々あります。なぜ行政機関同士だとチェックが甘くなるのでしょうか?


この辺りのところ、実際には、そして法学・政治学分野ではどういう見解があるんでしょう?


「内閣のやることなすこと信じられるか!」が市民として望ましいスタンスなのか、
「我々が信任した内閣なんだから」と一定の信頼をもって日々の運営を委任するのが筋なのか。


こういうことに正解はないと思います。皆様ご意見は色々あるでしょうし、立場の多様性がバランスのとれた健全な社会を生みます。
その上で、そういうことを専門に研究してこられたであろう学問分野では今までどういう議論がどこまで積み重なっているのか、ご教示いただけますと幸いです。
「この本読め!」とかいうリスト、大歓迎です。その場合、なぜその本をご紹介いただけるのか、その本を読むと何がわかるのかを簡単に教えて頂けますと大歓喜ですし、ほかのひとにも役に立つと思います。


以上の通り、どうぞよろしくお願いいたします。

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

*1:我が国の行政機関が内閣と一心同体で足並みがそろっているなら、そもそも脱官僚政治などというスローガンは生まれなかった訳で……おや宅急便かな?

【追記あり】特定秘密保護法案に賛成することにした

※タイトルは釣りです(逃


本エントリはyuki_o氏の
特定秘密保護法案に反対することにした
の便乗エントリです。
わたし自身は同法案に対して賛成・反対以前に分からないことがあるので、そのことを法学分野の方にご教示頂ければと思い本エントリを投稿する次第です。


さてひとに教えを請うには自分でここまで調べたと示すのが学徒のならいです。
以下、参照している特定秘密保護法案の全文はこちらです
衆議院第一八五回閣第九号 特定秘密の保護に関する法律案
衆議院特定秘密の保護に関する法律案に対する修正案


ただ上記の2つは超絶文字組みが読みにくいので、こちらにはてなブログの美しいテンプレートで書きなおした物を置いておきました。ご利用は自己責任で。

「政府の都合で何でもかんでも恣意的に秘密にできるじゃないか!」

特定秘密に指定できるものは以下の通りです。(修正案反映済み)

別表(第三条、第五条−第九条関係)
 一 防衛に関する事項
  イ 自衛隊の運用又はこれに関する見積り若しくは計画若しくは研究
  ロ 防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報
  ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
  ニ 防衛力の整備に関する見積り若しくは計画又は研究
  ホ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物の種類又は数量
  ヘ 防衛の用に供する通信網の構成又は通信の方法
  ト 防衛の用に供する暗号
  チ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの仕様、性能又は使用方法
  リ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの製作、検査、修理又は試験の方法
  ヌ 防衛の用に供する施設の設計、性能又は内部の用途(ヘに掲げるものを除く。)
 二 外交に関する事項
  イ 外国の政府又は国際機関との交渉又は協力の方針又は内容のうち、国民の生命及び身体の保護、領域の保全その他の安全保障に関する重要なもの
  ロ 安全保障のために我が国が実施する貨物の輸出若しくは輸入の禁止その他の措置又はその方針(第一号イ若しくはニ、第三号イ又は第四号イに掲げるものを除く。)
  ハ 安全保障に関し収集した国民の生命及び身体の保護、領域の保全若しくは国際社会の平和と安全に関する重要な情報又は条約その他の国際約束に基づき保護することが必要な情報(第一号ロ、第三号ロ又は第四号ロに掲げるものを除く。)
  ニ ハに掲げる情報の収集整理又はその能力
  ホ 外務省本省と在外公館との間の通信その他の外交の用に供する暗号
 三 特定有害活動の防止に関する事項
  イ 特定有害活動による被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において「特定有害活動の防止」という。)のための措置又はこれに関する計画若しくは研究
  ロ 特定有害活動の防止に関し収集した国民の生命及び身体の保護に関する重要な情報又は外国の政府若しくは国際機関からの情報
  ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
  ニ 特定有害活動の防止の用に供する暗号
 四 テロリズムの防止に関する事項
  イ テロリズムによる被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において「テロリズムの防止」という。)のための措置又はこれに関する計画若しくは研究
  ロ テロリズムの防止に関し収集した国民の生命及び身体の保護に関する重要な情報又はは外国の政府若しくは国際機関からの情報
  ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
  ニ テロリズムの防止の用に供する暗号

これ、修正案において「又は」が「若しくは」に改められているのですが、なにか意味があるのでしょうか?
※追記
複数の方からご教示頂きましたが、結合されている選択肢のレイヤーに違いがあるのですね。勉強になりました。


また、特定秘密の指定および保護期間の延長に関しては内閣が細かくチェックし、有識者の意見も取り入れるべきとされています。特定秘密の指定において監査機関がない、との意見はありますが、本法においては内閣がその役割を果たすことになっています。なお、特定秘密自体は内閣以外の行政機関でも指定が可能です。


※追記
内閣には他の業務もあって忙しく、充分なチェック体制が運用上可能なのかという点も問題視されており、確かにその点は課題ですね。実際に特定秘密に指定される情報の量によっては、監査業務に専念する機関はあった方がいいかもしれません。
なお「内閣もその他行政機関も同じ行政機関で身内なんだから、身内チェックで甘くなるだろ?」というご指摘ですが、それなら第三者監査機関を置く際は内閣の下に置く訳にはいかないですね。最高裁判所の下にでも置くべきかと思います。

「何が特定秘密に指定されているか分からないのに、うっかり知ったらどうするんだ!」

第三条 2 行政機関の長は、前項の規定による指定をしたときは、政令で定めるところにより指定に関する記録を作成するとともに、当該指定に係る特定秘密の範囲を明らかにするため、特定秘密である情報について、次の各号のいずれかに掲げる措置を講ずるものとする。

 一 政令で定めるところにより、特定秘密である情報を記録する文書、図画、電磁的記録若しくは物件又は当該情報を化体する物件に特定秘密の表示をすること。

特定秘密の情報媒体には「特定秘密ですよ〜」との表示がされるので、うっかり知ってしまう恐れはなさそうです。気をつけろ、特定秘密印だ!

「無期限に秘密のままだなんて知る権利への冒涜だ!」

第四条 行政機関の長は、指定をするときは、当該指定の日から起算して五年を超えない範囲内においてその有効期間を定めるものとする。

デフォルトの有効期限は5年です。

第四条 2 行政機関の長は、指定の有効期間(この項の規定により延長した有効期間を含む。)が満了する時において、当該指定をした情報が前条第一項に規定する要件を満たすときは、政令で定めるところにより、五年を超えない範囲内においてその有効期間を延長するものとする。

第四条 3(修正案) 指定の有効期間は、通じて三十年を超えることができない。

延長はできますが、30年が最大です。

第四条 4(修正案) 前項の規定にかかわらず、政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うする観点に立っても、なお指定に係る情報を公にしないことが現に我が国及び国民の安全を確保するためにやむを得ないものであることについて、その理由を示して、内閣の承認を得た場合(行政機関が会計検査院であるときを除く。)は、行政機関の長は、当該指定の有効期間を、通じて三十年を超えて延長することができる。ただし、次の各号に掲げる事項に関する情報を除き、指定の有効期間は、通じて六十年を超えることができない。
 一 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物(船舶を含む。別表第一号において同じ。)
 二 現に行われている外国(本邦の域外にある国又は地域をいう。以下同じ。)の政府又は国際機関との交渉に不利益を及ぼすおそれのある情報
 三 情報収集活動の手法又は能力
 四 人的情報源に関する情報
 五 暗号
 六 外国の政府又は国際機関から六十年を超えて指定を行うことを条件に提供された情報
 七 前各号に掲げる事項に関する情報に準ずるもので政令で定める重要な情報

本当の本当に有事の際はここまで延長できるともあります。

これ、結局30年が最大なのかそうでないのか解釈が割れるところだと思いますが、なぜわざわざ第三項と第四項を分けているのか分からないです。法律においてはこういう書き方は一般的なのでしょうか?その意図するところは何でしょうか。

※追記
「どうしてもやむを得ない例外中の例外」を表現するために法律ではこういう書き方をすることもあるそうです。でもどうしてもやむを得ない場合とは結局なんなのか……具体例を条文に書き込んでしまう訳にはいかないとは思いますが、日本語の難しさを感じます。

「特定秘密の指定・運用状況が分からなければ国民が検証する余地もない!」

第十九条(修正案) 政府は、毎年、前条第三項の意見を付して、特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施の状況について国会に報告するとともに、公表するものとする。

特定秘密の内容そのものは公表されないのでしょうが、指定状況は毎年公表されるようです。件数だけが淡々と報告される感じなのでしょうか……気になります。

「特定秘密に関する文書は永遠に闇の中だ!あとから検証できない!」

第四条 6(修正案) 行政機関の長は、第四項の内閣の承認が得られなかったときは、公文書等の管理に関する法律第八条第一項の規定にかかわらず、当該指定に係る情報が記録された行政文書ファイル等の保存期間の満了とともに、これを国立公文書館等に移管しなければならない。

少なくともこのケースに該当する事項に関しては関係資料は公文書館に保管されるようです。

公文書等の管理に関する法律」を見ましても、今回の特定秘密関連文書が例外となる根拠は見受けられません。したがって特定秘密に関する文書は指定解除後に既存の規定に従って公文書館に保管されると考えて良いと思います。この解釈は合っていますでしょうか?

「ジャーナリストが逮捕される!言論の自由の侵害だ!」

第二十二条(修正案) 2 出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。

どうやら法令違反でない通常の取材は正当業務行為として認められるようです。法令違反はどの道アウトですね。

「偶然特定秘密を知りえた無辜の市民が危険に晒される!」

別表を見る限り、無辜の市民が偶然特定秘密を知りえるのはかなり困難だと思います。まず、特定秘密は

第三条 行政機関の長は、当該行政機関の所掌事務に係る別表に掲げる事項に関する情報であって、公になっていないもののうち、

とあるので、既に公表されている情報は含まれません。


図書館は出版済みの情報を扱う機関である以上、yuki_o氏の危惧するような「図書館員が偶然特定秘密を知り、逮捕・投獄される」状況の生起はかなり考えにくいです。あえてあり得るとしたらNDLのひとはそういうことがあるかもしれません……?
後は軍事関連の研究者の方々でしょうか。でも彼らは既に充分センシティブな(お察し)扱いを受けております。

特定秘密保護法違反の教唆や扇動だけでも罰則を受けるんだから乱用が懸念される!」

第二十五条(修正案) 第二十三条第一項又は前条第一項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、五年以下の懲役に処する。

これのことですね。

現行の刑法第六十一条においても

第六十一条  人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。
2  教唆者を教唆した者についても、前項と同様とする。

教唆犯は罰されることになっています。

もし教唆の処罰が拡大解釈による不当逮捕の温床であるなら同条文も問題にされなければいけませんが、現状でこの第六十一条の濫用が頻発しているとかそういう事情があるのでしょうか?
そうでなければ、特にこの特定秘密保護法案だけの「教唆」を問題視する理由にはならないかなと思います。

※追記
コメント欄でこの場合の「遂行」は実行を伴わない未遂の場合をも指し、拡大解釈の要因になり得るとのご指摘をいただきました。しかし同様の記述は国家公務員法にあるので、この箇所を問題視するなら国家公務員法をも改正せねばならないとのご指摘もあり、難しいところです。
一般に新法案内の語用は既存の法律を踏襲して(≒コピペして)いるケースが多く、新法を問題視するなら旧法も変えるべきだという問題が発生するようです。こういうのライブラリにならないのかなぁ……。

大学図書館は大学にどんどん鼻をつっこむしかないんじゃないかな

上記のような問題意識を持った状態で聞いた本フォーラム、とても興味深かったです。
中でも湘北短期大学様の図書館運営のあり方に「あーもうこれしかないよねー」という強い印象を持ちました。

湘北短期大学は小規模な大学で、図書館も正規職員が2人という驚くべき少なさで運営されているのですが、その分とても機動力がある運営をされておられます。
入試や広報といった他の部門の仕事にも積極的に関わり、多くの"出前授業"を運営して先生方の教育活動に関わり、今は自ら授業を持っていることでメインのカリキュラムにも関わりを持っています。

大学図書館はとかく学生や教員に来てもらわないと支援のしようがない機関とされていますが、それでは大学の周辺に置かれても仕方ないよな、やっぱり館から出て積極的に関わりに行かないとコアメンバーとはみなされないよな、と思いました。


湘北短期大学図書館でやっておられることは、いわば学内対象のアウトリーチサービスとも言えるのかもしれませんが、アウトリーチサービスという言葉もそれだけでは他人事感が漂いますね。まずは大学そのものが抱えているミッションと課題を自分たち自身のミッションと課題としてとらえ、それを大学全体で協力して解決していこうとする中で、自分たちがもっとも得意とするアプローチは何なのか?という考え方が自然とできているように感じました。

大学図書館はほとんどの場合メインの大学教育からは無視されているよね問題

のっけから煽りっぽくて恐縮ですが、大学図書館について考える際にはいつもこれがずっと頭にあります。
わたしの出身地は高等教育学分野ですが、大学での教育改善という話になった時の主戦場はFDや教授法の改善、オープンコースがどうしたこうした、これからはアクティブ・ラーニングだ云々といった事柄で、図書館の「と」の字も話題にはなりません。多くの高等教育開発推進センターは図書館学系分野の出身者をコアメンバーとして有していません。また、図書館を授業に活用しよう!という話も、図書館学系以外の大学教員からはほとんど出てこないです。
せいぜいラーニング・コモンズが少し話題になるくらいでしょうか。でも、ラーニング・コモンズも図書館から切り離されて論じられたりしています。


もちろん、大学にとって図書館がお荷物だという訳ではありません。研究活動は図書館がないと成り立たないですし、学生だって図書館がなければ宿題も困難でしょう。図書館が協力している導入教育は成果をあげていますし、大学の閲覧席は勉強する学生で満員です。中には豪華で先進的な図書館をアピールして学生を呼び込もうとする大学もあります。

でも、大学教育という観点から図書館を見た際にその姿はちっとも見えてこない。


大学図書館が色々と素晴らしい試みを行い、一定の成果をあげていることはわかります。また大学教育そのものに対して一定の知見や提言を持っていることもわかります。
ただそれは、大学の中心でカリキュラムを設計しているひとたちには届いていません。
「あー図書館なんだか頑張ってるねーえらいね、これからもがんばってね^^」
で終わっているんですよね。
そういうのすごくもったいないな、なんとかならないかなとずっと思っていました。

大学と大学図書館は対等じゃない

さらに煽りっぽくて(ry
これも前から思っていたことなのですが、大学と大学図書館は対等な組織ではありません。まず「大学」という大きな組織があり、その中の一部門として「大学図書館」があります。そして「大学」の持っている大きなミッション――教育や研究活動――を支援するために「大学図書館」がある、つまり大学図書館のミッションはまず大学ありきな訳です。その上で、大学図書館の専門性を活かしたサービスの独自性・独立性が必要となるのです。
これはごく当たり前のことだと思うのですが、大学図書館の実践報告からはいつも「で、それ、大学本体の活動とどう関係あるの?」が見えてこないなと思っていました。大学抜きで大学図書館のミッションが語られ実践がなされることにとても違和感がありました。

大学図書館と大学との関係はどうあるべきか

本稿は2013年の図書館総合展にて開催されたフォーラム
教育・学習支援に取り組む図書館員に今、求められるもの
〜事例から探る”教育・学習センター”としての図書館の未来像〜

を聞いている間にaliliputちゃんが色々考えたことを記述しています。当該フォーラムに参加されなかった方には一部意味が解らないかもしれません。フォーラムの実況はきっとどこかに落ちていると信じています。

図書館におけるビッグデータ活用がアツかった

id:xiao-2 様のこちらの記事
図書館総合展に行ってきた。〜フォーラム「図書館におけるビッグデータ活用を考える」後篇 - みききしたこと。おもうこと。
でレポートされていた図書館総合展ビッグデータ活用フォーラムですが、この前半のフロア質問者はわたしですw
そんな訳で(?)便乗する形ですが、このフォーラムなかなか面白かったよ〜という話をいたします。
フォーラムを見ていないと全然意味の解らないエントリですので、参加されなかった方はxiao-2様の元記事を先にご覧ください。


本フォーラムでSMOS( Stock Mix Optimization System )として紹介されていた手法ですが、これ理論的にはTOC(Theory Of Constraints)なんですよね。
今回のようなケースにおけるTOCの活用についての詳細は以下の本をご参照いただくとして、

ザ・クリスタルボール

ザ・クリスタルボール

むちゃくちゃざっくり説明しますと、パフォーマンス向上のボトルネックとなっている部分を割り出してそこを統計的に何とかすることで全体のパフォーマンスを上げましょうというマネジメント理論です。


例えばこれを小売店に適用するとすると

  • パフォーマンスの向上==売上の向上
  • ボトルネック==品切れによる機会損失

となり、品切れを起こさないようにするために最適な棚の配置や在庫管理は統計的にどうなんだろうね?という話に繋がっていくわけです。

これを現実に適用すると、あるパン屋さんでチョコクロワッサンが超絶大人気で、午前中には完売してしまうとして、売上をさらに向上させるにはチョコクロワッサンを並べる棚を増やし、まめにクロワッサンを焼いて品切れのないように補充しましょうという流れになる感じです。*1
……あっ、だんだん話が分かってきましたねw


本フォーラムで紹介されていた事例は「パフォーマンスの向上==貸出冊数の向上」と定義した上で、そのボトルネックとなっているのは「借りたい本が書架にないことによる機会損失」であるとされています。そうなると最適な棚の配置はまさしく書架の配置であり、最適な在庫管理とは最適な蔵書構成ということになります。その辺りを統計的に割り出すのがSMOSという技術なんですね。これにより資料費と開架スペースという有限のリソースを更に有効活用できるはずです。


お話を伺っていて個人的にとても感銘を受けたのは「シンガポール公用語は英語なんだけれども、近年は中国人人口が増えているし、図書館に中国語の本をもっと置くべきだ」という予測をこのシステムがはじき出した、というエピソードです。この予測はシンガポールの図書館司書たちの大方の予測を裏切るものでしたが、実際にシステムの予測通りに中国語の本を増やしたところ利用が増加した、という結果が出ました。*2

でもこのエピソード、決して司書による選書を否定するどころか、むしろこういうシステムを利用することで本来の専門性が必要とされるところの選書業務に専念できる可能性を示すものだなと思います。
SMOSによって予測できるのは
「中国語のビジネス書の利用が増えます」
「NDC913分類の利用が増えます」
ということだけで、具体的に「今年は東野圭吾の『プラチナデータ』が大爆発します」などと予想するものではありません。つまり、そのカテゴリ内にごまんとある本の山の中から真に所蔵にたる一冊を選ぶという、専門性を持った人間にしかできない仕事は依然として残るんですね。
それどころか「今年はこの分野の本は15タイトル」という枠が示されることで、そういう人間にしかできない選書はより重要性が高まるし、専念する時間も増えます。

パン屋さんだって「チョコクロワッサンが売れる」と分かっていれば、じゃあもっとチョコクロワッサンの味や見た目をよくするにはどうしたらいいだろう?という研究にリソースが割けます。「どのパンが売れるか分からないからそこそこの品質のパンをまんべんなく作るしかないか……」という状態から解放される訳です。
個人的には、こういった大枠の方針を決める作業は人間がやる必要はなくシステムにでも任せておいて、人間には人間ならではの知識技能やセンスが求められる繊細な仕事に専念した方が効率がいいし幸せになれると思っています。


また、今回のフォーラムでは「パフォーマンスの向上==貸出数の向上」と定義されていたわけですが、これはあくまで最初の定義づけの問題で、他の指標でもいいのです。
パフォーマンスの向上を貸出数ではなく館内閲覧数にしてもいいし、棚から抜き出された回数にしてもいいし、レファレンスサービスでの参照数にしてもいいでしょう。
ここをどう定義づけるかも人間にしかできない仕事です。
「もしSMOSをうちの図書館に入れるとしたら、ここではいったい何が『パフォーマンスの向上』にあたるだろう?」
と考えて話し合うのは、図書館の運営ポリシー固めや意識の共有を行ういい機会になると思います。


なんだかSMOSほめまくりなエントリになってしまいましたがw、個人的にはこういうみんなが幸せになれるデータ活用は大好きなので、ぜひ日本でも実験してくれる館が出てくれればな〜と思う次第です。


更にまったくの余談ですが、今回の発表者のCheng Hwee Sim氏はシンガポールの方ですが、横浜国立大学におられたことがあるそうです。それで日本語が堪能だったのでしょうね:) 本業は物流におけるデータ解析とのことでさもありなんと思いました。ぜひまたお話をお伺いしたいです。

*1:まったくの余談ですが、品切れを故意に誘発して品薄感を煽りブランドイメージを高める効果があるとされる、いわゆる「品薄商法」ですが、これはほとんどの場合機会損失の方が大きく、利益の期待できないマーケティング手法であることが統計的に判明しています。すごいぞ統計学!ありがとうTOC

*2:シンガポールの実験では利用者の属性情報を解析データに取り入れたために日本での実験よりも精度の高い結果が出たようです。我が国では属性情報の利用は難しいでしょうが、それでも当該図書館が存在する地域の人口動態はデータに含めたいところですね。たとえば地域全体では児童の数が増加しているのにと図書館内では児童書の利用が減っているとしたら何らかの問題があると察知できますが、図書館での利用統計データを見ているだけではそれが検出できません。