図書館学徒未満

図書館学に関する本を読んだり調べごとをしたりしています。はてなダイアリーから移行しました。

図書館総合展の武雄市フォーラムに行くひと、ちょっとこれ聞いてきて

別に武雄市のみについての話ではないのにタイトル煽りっぽくて恐縮ですが、いつも公共図書館の"利用者"アンケートを見るたびにこれを疑問に思うので。


この度10/30に開催される図書館総合展内フォーラム「“武雄市図書館”を検証する ニュースとなった〈武雄〉から〈公立図書館界〉がみえてくる」に行こうと思っていたのですが、同時間帯の別フォーラムに参加しますのでこちらには行けなさそうです。なのでこちらに参加される方がいらっしゃいましたら、もし可能であればこれから本稿に書くことを聞いてきて頂ければ幸いです。


武雄市では新しい図書館成功の証左として、利用者アンケートでの高い満足度を示していますが、利用者アンケートは図書館の現在の成功度評価や未来における成功可能性の検証材料として十分でしょうか?


貧富の差の拡大や貧困の悪循環、社会階層の固定化などという話をする際によく出てくる、公共インフラ劣化の悪循環という現象があります。
例えば電車のような、公共交通機関を例にとります。

ある市営バス路線で、その路線を利用している人たちから運賃値下げの要求があったとします。
その路線は沿線住民による通勤や通学などの利用が大半で、運賃を値下げしたところで利用者の拡大にはつながらないのですが、市営なので住民の期待に応えるために運賃値下げの要求に応じるとします。
この状態で運賃値下げの要求に応じると、利用者の数は変わらないので収益全体が落ち込みます。
そうすると、減った収益からバスの車両メンテナンスのコストや様々なサービス提供のコストを捻出しなければならないので、必然的にサービスレベルが低下します。利用者の比較的少ない時間帯のバスは本数が減らされるかもしれません。


そうすると、低下したサービスに不満を持った利用者が離れていきます。彼らはバスではなく徒歩や自転車、自家用車を使うようになります。
基本的にはこうしたタイミングで離れていく利用者は、自力で代替手段を用意できる富裕層が多いとされています。
こうしてバスは利用者が減り、さらに収益が落ちていきます。

また、最後まで残り続ける利用者層は、自力で代替手段を確保できない貧困層が多いとされています。
何よりも経済的なメリットを優先し続ける層が顧客として残り続けることで、治安などの悪化も副次的に招きます。
例えば彼らは「バス停のメンテナンスやバス内の清掃をするコストを削減して運賃を下げろ!」という要求をしてくるわけです。


この収益低下→サービスレベルの低下→利用者減→収益低下……の悪循環により、劣化していく公共インフラは現実にたくさんあります。
わが国ではそこまで深刻な貧富の差がないのであまり問題視されませんが、海外では鉄道、病院、公立学校、ひいては都市といった水準でも劣化がよく知られています。


なお、上記の例では値下げ要求が解りやすいからそれを例にとりましたが、値下げ要求以外でもサービスの範囲を狭める危険性を孕んだ要求はたくさんあります。
例えば公立学校で「子どもの箸の上げ下ろしも学校で教えるべきだ!」といった親の要求を受け入れると、生活マナーよりも勉学を優先させたいと考える親は子どもを公立学校ではなく私立学校に進学させるようになり、公立学校の学業成績が低下して……といったサイクルが発生したりします。


この悪循環を打破するには、今現在の利用者の要望を聞いているだけでは打破できません。
利用しない層の「利用しない理由」をも吸い上げ、それを改善していき、利用者層の厚みを保つ努力が必要になります*1


こういう悪循環は図書館においても当然発生し得ます。
収益第一の民間企業であれば、ターゲットとなる顧客層を絞ってそこに対して最適化されたサービスを提供し、利益が最大になればそれでいい*2のでしょうが、税金を使って運営されているインフラですとそうはいきません。

図書館でこうした悪循環を防ぐためには、利用者アンケートだけではなく非利用者に対しても調査を行い、意見を吸い上げていく継続的な仕組みが必要なんですが、武雄市ではその辺りはどのように設計・運営されているのでしょうか?


武雄市の図書館ばかりではなく、すべての公共図書館に共通する問題だと思いますので、ぜひ事例を多くお聞かせいただければと思います。

*1:ターゲッティングをするな、という意味ではなく、そのターゲッティングにインフラとしての正統性がどの程度担保されているのか、という点を問題としています

*2:しかし実際のところ民間企業でも顧客の絶対数は確保したいので、ある程度顧客層に厚みをもたせるよう振る舞うのが一般的です

教員や学生自身に向けてのインストラクショナルデザイン情報の提供

これは大学図書館向けのアイデアですね。図書館自身がインストラクショナルデザインを活用するというより、実際に教壇に立つ教員や自分で勉強会を主催する学生、ラーニングコモンズを活用してアクティブラーニングだぜ☆な利用者にインストラクショナルデザインについての情報やリソースを提供します。関連文献の提供はもちろんのこと、解りやすい資料の作り方や効果的な自主ゼミの運営方法についてガイダンスやミニセミナーを開催してもよいでしょう。


インストラクショナルデザインは教え方の技術ではありますが、翻って学び方にも多大な貢献をする技術でもあります。教員・学生双方にとって大いに役立つツールとなってくれることと思います。



以上、他にもアイデアやコメントをお寄せいただけますと幸いです。

ブックフェア企画の立案

どちらかというと公共図書館向けのアイデアかもしれません。あるテーマに沿って関連書籍を紹介するフェアや企画展示を行っている館は少なくないかと思いますが、そこにインストラクショナルデザインの知見を盛り込むものです。
利用者が自分の興味に従って本を選択する自由の尊重は大前提として、初心者向け-詳しい人向けという軸を想定したラインナップや、利用者の属性、すでに利用者が持っている知識・技能ごとに分類、といった観点も効果的かと思います。


インストラクショナルデザインは断片的な知識や技能の教授というより、それらの有機的なつながりを作り体系立てることで複雑な技能の修得や目標の達成を目的とするものです*1。なのであるテーマに沿って本を紹介する際、それぞれの本同士のつながりを考えながら本を選択・紹介すると、より深みのある企画が作れるのではないかと思います。

*1:なおインストラクショナルデザインと博物館展示は大変にエキサイティングなテーマなんですが、それはまた別の機会に

パスファインダーの設計

公共図書館での事例も増えてきたパスファインダー大学図書館でこれを作っていないところはまずないでしょう。このパスファインダーを作成する上で、インストラクショナルデザインの考え方は大いに役立ちます。

  1. 現状と達成すべき目標を明確に定義し
  2. そこに至る過程を個々の技能要素・段階に分解して
  3. 外部から観測可能な行動として記述し
  4. それが成功したかどうかを確認する

というインストラクショナルデザインの大原則を踏まえると、利用者にとって解りやすく活用しやすいパスファインダーが作れるはずです。


具体的には以下のような試みになります;

パスファインダーの対象となる利用者を明確に定義する。

たとえば

    • 図書館情報学入門を受講している学生」
    • 「○○が判るけれど△△がわからない利用者」
    • 「最近報道で○○というキーワードを知り、詳細を調べたい社会人」など

そのパスファインダーで何を達成させたいのかを明確化する

たとえば「OPACを使えるようにしたい」ではまだ不明瞭です。OPACを使って何をさせたいのか、OPACで何ができれば「使えるようになった」とみなすのかの基準が必要です。たとえば

    • レポート作成に必要な資料を10冊以上収集させたい
    • 著者目録をたどってある文献の関連文献を収集する方法を理解させたい
    • 任意のキーワードの関連文献を統制語検索を利用して収集させたい

といったところです。
もちろんここまでがっつりしたものでなくても、単に役立つリソース一覧を「知らせたい」というだけのものはあるでしょう。それでも「なぜ知らせたいのか、知った後何に役立ててもらいたいのか」を考えるのは無駄ではないはずです。

パスファインダー同士の参照を構築する

個人的にはこれこそがインストラクショナルデザインパスファインダーの設計に用いる醍醐味だと思っています。1つのパスファインダーのみで目的を達成しようとせず、それぞれ独立した複数枚のパスファインダーを互いに参照させることで個々の利用者のスキルレベルに合わせ、また1枚だけのパスファインダーでは難しい複雑な目標を達成することができます。

パスファインダーによって目的が達成されたかどうかを知る

特に大学では利用者向けの図書館システムを導入しているところが大変多いので、それをパスファインダーの効果測定に利用できるかもしれません。難しい場合は、配布しているパスファインダーそのものにアンケート欄を設けるなどの方法が簡便でしょう。

そもそも図書館で教育って何やるの?

図書館においても学習支援の観点から、教育工学やインストラクショナル・デザインへの関心が高まっているということですが、確かに図書館員の専門性議論においても教育を専門とする図書館員が定義されている論もあり、教育の場、教育活動にある程度積極的に参与する存在としての図書館が求められているのかな、と思います。
図書館員に教育方法学関連の知見があると教材選択や活用において強力な支援が可能になります。実に素晴らしいことですね。


ただ、図書館が教育の主体となり得る状況はそう多くありません。公共図書館はもとより、大学図書館もあくまで大学での授業や研究の支援が業務の主体であり、図書館自体が講座を持って利用者を"教育"できる機会は非常に限られています。導入教育的な場面での図書館利用講座やセミナーくらいではないでしょうか。*1


前回の記事では図書館におけるインストラクショナルデザイン活用について言及しませんでした。図書館関連以外のひとに向けた記事だからという理由もありますが、インストラクショナルデザインの図書館における活用はそのままではいかない、という考えがあったからです。


そもそも、インストラクショナルデザインは人間の能力をある地点からある地点へ向上させる過程を設計する際に用いられる技法です。つまり、それなりの時間を使え、かつ学習者をそれなりに強制的にコミットさせられる環境下でその威力を最大限に発揮するものです。
一方、図書館は利用者が利用するかどうかは利用者の自主性に大いに左右され、どの程度の時間をいつ割くかも利用者によってバラバラです。この時点で、図書館の側がいくら熱心に重厚長大な学習計画を立案しても、その実践には多大な困難があります。


しかし図書館においてインストラクショナルデザインを活用できない訳ではありません。授業を設計するようにインストラクショナルデザインを用いるのには無理がある、というだけです。
以下、図書館における授業以外のインストラクショナルデザイン活用の道を検討していきます。

インストラクショナルデザイン in 図書館

今回は
インストラクショナルデザインと大学図書館 - xiaodong's memo
こちらの記事への反応です。図書館における教育方法論について言及頂けるなんてとても嬉しいですね!!

「わからせる」にはどうすればいいか -理解とモチベーションのコントロール

「何度説明しても分かってもらえない、説明の仕方が悪いのか」
「どうも興味を持ってもらえない、やる気がないのか」


といったところで詰まる教授者も多いかと思います。特に成人学習の場合、モチベーションコントロールが学習の成否を大きく左右するために重要な問題です。

しかしまずは、それが本当にモチベーションの問題なのか?の判定が必要です。
以下のフローで本当にモチベーションが原因なのかどうかを判定できます。


「必要な知識を与えればできる/やるのか?」
   Yes→知識不足が原因
   No→「誰かの援助や道具があればできる/やるのか?」
        Yes→技能の不足や環境が原因
        No→モチベーションの問題

もし知識や技能の不足、環境が問題なのであれば、先にそちらを解決しましょう。

ほめて育てる?叱って育てる?

インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック』では、明確に「ほめて育てる」路線を推奨しています。
好ましい要素(好子)をエサに望ましい行動を伸ばすことを「強化」、嫌な要素(嫌子)によってダメな行動を潰すことを「弱化」と言います。これはよく使われる言葉なので知っているひとも多いかと思います。


さて、この「好子」と「嫌子」には恐ろしい性質があります。それは
「それが発生した時、関連性を無視してその場と直前の要素すべてに作用する」
というものです。


つまり、例えば部下が作成した書類にミスがあったとして、それを怒鳴ったりすると(嫌子発生)、その効果は因果関係や関連性を無視して

  • 書類作成という行為そのもの
  • 怒鳴っている上司
  • 怒鳴られている空間である職場

などに無差別に作用してしまいます。
したがって書類作成そのものが嫌になったり、職場自体が嫌になったり、上司が嫌いになったりして仕事に対するモチベーションが下がってしまいます。


なので「叱って育てる(弱化)」は副作用があまりにも大きく、「ほめて育てる(強化)」が推奨されます。


他にもある恐ろしい性質は

  • 原因となる行動から好子/嫌子発生までの時間が短いほど作用が大きい
  • 好子/嫌子発生条件が明確でない場合、毎回それが発生するより(連続強化)、たまにしか発生しない(部分強化)方がより強く作用する

といったものです。


明確な評価基準を知らせず、褒めたり叱ったりをバラついて行うと、好ましくない行動がより強力に強化されてしまいます。なので

  • 褒める/叱る基準を明示し、必ずその通りに褒めたり叱ったりする
  • 対象となる行動が発生したら、即座に褒める
  • 一度に行動を変えさせようとはせず、少しずつ細かく段階を上げて行動を修正していく

という方法が有効です。


また、当然ですが何が好子/嫌子となるかはひとによって異なります。事前に学習者の学習目標、性格や嗜好、価値観といった情報を調べ、そのひとにとって効果的かつコストパフォーマンスがよいものを好子にしましょう。

悪用厳禁!どうしても「わからせたい」ひとのためのブックガイド


この「好子/嫌子の関連性無視」という性質はほんまかいな?と思うかもしれませんが、実は人間は生まれつき物事の関連性を合理的に理解するようにはできていません。下記の本がそれを嫌というほど教えてくれます。

ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?

ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?

ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?

ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?


人間が直感で理解できるのは、精々「Aの後でBが起こった→AとBは関係あるんだ!」とか「Aの近くでBが起こった→AとBは(ry」みたいなレベルのもので、因果関係と相関関係は異なって〜などの高次の関連性理解はある程度の知的訓練でしか身につけられません。知的生命体が聞いて呆れますね☆


この人間の性質を逆手にとって悪用(?)すれば、任意の物事を「理解」させることができます。


下記の本はそのような人間の性質とその利用について細かく説明しています。より前提知識が不要なように書かれているので、『ファスト&スロー』は難しすぎる!というひとにもおススメです。

人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)

人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)

影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか

影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか


「いやいやそこまでマッドな話じゃなくても……ただもうちょっと分かりやすい資料や参考書を作りたいだけなんだ」というご要望でしたか、それは大変失礼いたしました。
それでしたら下記の本がご参考になるはずです。時間のない方は上の方から読んでいってください。下の方の本は理論的というかマニアック路線です。

藤沢晃治氏の著作を追いかけると面白いと思います。
ノンデザイナーズ・デザインブック [フルカラー新装増補版]

ノンデザイナーズ・デザインブック [フルカラー新装増補版]

それは「情報」ではない。―無情報爆発時代を生き抜くためのコミュニケーション・デザイン

それは「情報」ではない。―無情報爆発時代を生き抜くためのコミュニケーション・デザイン

※知識体系の構造化/可視化といった話に興味がある方は同書を始祖とする「インフォメーション・アーキテクチャ」というキーワードを追いかけてください。
アンビエント・ファインダビリティ ―ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅

アンビエント・ファインダビリティ ―ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅

「わかる」ってどういうこと? ※2013/06/04追記

「わかっている」とは具体的に何を指すのか?について関連Tweetをまとめます。(承前: aliliputちゃんは学校の先生でもあります)


以上、ご不明点がございましたらお気軽にお尋ねください。全ての教えるひとにご参考になりましたら幸いです!