図書館学徒未満

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明日から役に立つインストラクショナルデザインのすすめ

インストラクショナルデザインとはインストラクション、つまり広義の教育を効率的かつ計画的に行うための一連の技法です*1

仕事や日常生活の中では,私たちみんながいやおうなく教える仕事をしなくてはならないのです.たとえば,子どもに勉強を教える,職場で新人に仕事を教える,おじいちゃんにケータイの使い方を教える……などなど.そして,もしうまく教えることができたら,相手は喜び,仕事ははかどり,教えた人もハッピーになることでしょう.


インストラクショナルデザインは,私たちが誰かに何かを教えなければいけないとき,「効率のよい上手な教え方」を提供してくれます.単なる経験則や思い込みに近い人生訓ではなく,科学的に良い教え方を追求するのがインストラクショナルデザインという学問です。

向後千春『インストラクショナルデザイン― 教えることの科学と技術 ―』


インストラクショナルデザインは教育工学の一分野です。行動分析学の父、B・スキナーによる条件付け理論から派生し、ロバート・M. ガニェによって大成されました。これ以上細かい歴史的・理論的背景を知りたいひとは

インストラクショナルデザインの原理

インストラクショナルデザインの原理

  • 作者: ロバート・M.ガニェ,キャサリン・C.ゴラス,ジョン・M.ケラー,ウォルター・W.ウェイジャー,Robert M. Gagn´e,John M. Keller,Katharine C. Golas,Walter W. Wager,鈴木克明,岩崎信
  • 出版社/メーカー: 北大路書房
  • 発売日: 2007/09
  • メディア: 単行本
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こちらをお読みください。でも普通のひとはこれを読む必要はありません*2


本稿では学問的な深入りや正確性の追求は避け、明日から役に立つような最低限の要素に絞り込んで解説を行います。
冒頭に挙げた2冊は一般向けに書かれた本でわかりやすく、実践的な知識が必要な方におススメです。ぜひお読みください。本稿も基本的には同書に基づいて話を進めます。

最初にどうしたらいいの?

まずは明確な目標の設定です。教育をプロジェクトとしてとらえ、プロジェクトゴールを設定する必要があります。


大抵の場合、皆さんが何かを教える目的は学習者が「何かをできるようになる」だと思います。例えばアプリの設計ができたり、積分の計算ができるようになったり、日本十進分類を用いて本が分類できるようになったりといった目標が考えられます。この目標を設定するには以下のルールがあります。

  • 外部から観測可能な「行動」であること
  • 判断を伴う行動であること
  • それができたら、その能力があるとみなすに値する行動であること

教育の目標は学習者からこの行動(以下、標的行動と呼びます)を引き出すことです。


この最終目標に到達するまでには何段階かのマイルストーンが設定できます。そういった途中の目標は「知識」「技能」「遂行」の3段階に分けられます。それぞれ

  • 知識……それのやり方を知っている
  • 技能……やろうと思えばできる
  • 遂行……指示されなくても自発的にやる、身体に染みついている

であり、通例は「技能」あるいは「遂行」の域が最終目標とされます。どの段階を最終目標とするのかをあらかじめ決めておきます。これを目標分析と言います*3


また、最終目標となるような行動は複数の技能から成った複雑なものである場合がほとんどです。要素となる各技能を分解した「部品技能」を解析し、それぞれどの程度の習熟度を必要とするかをひとつひとつ確認します。各技能の依存関係(AができるにはBができていないといけない)もこの段階で洗い出します。
RPGシミュレーションゲームでよく見るような「スキルツリー」を描く感覚です。

こういったスキルツリーを描くには「初心者」と「エキスパート」を比較し、それぞれの行動がどう違うのかを調べるととっかかりがつかみやすいし網羅的に描けます。

こうしてスキルツリーができたら、どこをスタート地点とするのか検討しましょう。「初心者ならだれでもOK」は大抵の場合ウソで、プログラミングを教えるにあたって「日本語がわからない」や「マウスが使えない」といった段階のひとを相手にはできないはずです。線引きは重要です。


部品技能の習得それ自体もひとつひとつが小さな教育プロジェクトです。粒度が十分に小さくなるまで上記を繰り返し、プロジェクトの全体図を構築しましょう。
また教材に使う事例やサンプルも、それぞれの教育目標に合ったシンプルで余計なモノを含まないものが望ましいです。教えたい概念ひとつに対しその概念をシンプルに示す良い例と悪い例をセットにして提示すると*4分かりやすく、目標も明確になります。


これでプロジェクトとしての教育にスタートと経過地点とゴールが設定できたかと思います。

  • 最低限○○ができているひとを
  • △△ができるようになるまで教育する

これがきっちりと決まっていれば教える準備は万全です。


後は学習環境を整え、事前テストを行って想定された学習者であるかどうかを確認してから実際の教育活動に入ります。

その教育、本当に意味ありますか? -で、お次は教育評価の話

計画だけできても物事が本当にその通りに進むとは限りません。インストラクショナルデザインには絶え間ない評価と修正の過程も含みます。


授業は往々にして時系列に沿った一直線で進みますが、実際の学習者はスタート地点も様々であり、全員が同じ一直線の道で学習するとは限りません。その際もスキルツリーを事前に描いていれば、最初はバラバラな位置にいる学習者たちを最終的には同じ目標に導けます。


コツは

  • マメに評価する(1回の授業ごとに成果を確認)
  • 明確な行動によって評価する
  • 学習者に評価基準を事前に伝える

です。これらの評価結果を元に、学習計画を臨機応変に修正していきます。難しすぎれば即難易度を下げ、学習者が違う道をたどったらすぐにこちらの指針を変えましょう。とにかくこまめに、少しずつが重要です。


特に学習者が大人の場合、評価基準について情報を共有したり、場合によってはそれが適切な評価基準かどうかを話し合うのは学習効果に大きな良い影響があります。
後でモチベーションコントロールについて述べますが、学習者に学習方針や評価基準の不明瞭さによる不安感、不信感を与えてしまうと大きなマイナスです。あくまで学習者を主役にし、黙ってついてこいといった態度は極力控えましょう。


教育評価の手法についてもっと具体的な知識が欲しい方はこちらをご参照ください。人間の能力を評価するには実に様々な方法や考え方があるのだと感心します。*5

教育評価 第2版補訂2版 (有斐閣双書)

教育評価 第2版補訂2版 (有斐閣双書)

*1:実のところここで述べるような内容は教育学分野においては基本中の基本であり、行動分析学だろうが発達心理学だろうが教育工学だろうが教育方法学だろうが全部同じことを言っているのですが、インストラクショナルデザインというアプローチが一番わかりやすいのでここではそれを持ちだします。

*2:日本での主な研究者は鈴木克明、向後千春、島宗理です。彼らの仕事を追いかければ大体のインストラクショナルデザイン論の動向が分かるはずです。

*3:もっと細かい目標分析を行うにはブルームのタクソノミーが有効です。ブルーム・タクソノミーの解説書はたくさんありますが、後に上げる『 教育評価 第2版補訂2版 (有斐閣双書)』が一番入手しやすく読みやすいでしょう

*4:RULEG(rule+example)法と呼ばれるやり方で、望ましいシンプルな事例を最小差異例と言います。概念学習の効率的手法とされておりますので、ご興味がある方はぜひ調べてみてください。

*5:さらに教育評価の現在についてより広範囲に知りたい方はこちらをどうぞ。よくわかる教育評価 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)

『誰かを教えることになったあなたへ -インストラクショナル・デザインへの招待』読む時間がないひと向けまとめ

これ読んどけ。最悪どちらか片方でいいから。*1

インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック

インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック

パフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学

パフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学

続きはこちら


明日から役に立つインストラクショナルデザインのすすめ - 図書館学徒未満

「わからせる」にはどうすればいいか -理解とモチベーションのコントロール - 図書館学徒未満

*1:類書を読もうとして「パフォーマンス・マネジメント」で検索すると経営学のほぼ関係ない文献がバリバリ引っかかって大変なことになります。気をつけましょう。

授業の権利はどう扱われるべきか

個人的にはMOOCには賛成です。大学の授業を無料でいつでも受けられるなんて素晴らしいし、またアーカイブ構築の面からも好ましいと思っています。

しかし授業もまた著作物などと同じ知的財産として扱われるべきだという意見ももっともだと思います。


大学側がMOOCで公開している授業のアップデートするよう教授者に要請するかもしれない、という観点は目新しいと思いました。それがもし既に退職した大学からの要請だったりすると実に嫌ですね。
反対に、自分ではもう古くなって取り下げたいと思っている授業が延々と公開され続けるのも嫌だと思います。
(自分で一度オンラインメディアに寄稿したものの、内容が古くなってもう取り下げたい/修正したいと思っているような文書をどう取り扱うべきか、という問題にもこのところ関心がありますが、それはまた別のお話)


方法としてはMOOCに授業を公開したら教授者には別途使用料を支払う、また公開期限を定めて公開するなどが考えられます。しかしネルソン氏が「金銭ではなく主義の問題」と述べている通り、授業を知的財産として扱うというパラダイムが構築されないと、運用をいくら論じても本末転倒でしょう。

AAUPはMOOCを教授陣の知的資産の新たな脅威になるとみなしている

(原文: "AAUP Sees MOOCs as Spawning New Threats to Professors' Intellectual Property")


大学は教員が行った授業でMOOCにあるものの所有権を主張し、教員の著作権や学問の自由を広く脅かしていると前AAUP*1会長のカーリー・ネルソンが月例会で主張した。


「もし知的財産をめぐる闘いに敗北したら、大学教授になることは専門家としてのキャリアや専門家としてのアイデンティティを意味しなくなる。その代わりに、自分たちはサービス業界で働いていると気付くことになる」


AAUPは大学教授たちに知的財産権を守るためのキャンペーンを計画している。知的財産を取り扱うための情報を配信するWEBサイトを立ち上げ、契約時に利用できる定型文例が記載されたハンドブックを出版する予定だ。

専門家としての著作権の防衛

AAUPは長年、大学教員が生みだしたあらゆる知的財産の権利を所有する権利に注目してきた。しかし専門家の権利を防衛する試みはまだ始まったばかりだ。ネルソン氏は、大学は知的財産権を管理しようとするが、大学教員の授業や著作に関する所有権は置き去りにしていると主張する。


MOOCにおいては、大学は教員たちの授業に対する所有権を主張するが、では書籍などの他の学問的成果物に対して所有権を主張しないのはなぜなのか。


ネルソン氏は「大学に対しては授業の使用権を与えるだけで十分であり、所有権を与える必要はない。高等教育機関が授業のアップデートや修正の権利を主張すると、授業を行った人間の学問的な自由が脅かされる。金銭ではなく主義の問題であり、あらゆる創作物に対する権利の問題だ」と述べる。

*1:"American Association of University Professors"; アメリカ大学教授連合

大学での授業の権利は誰にあるのか -MOOCをめぐる議論

「The Chronicle of Higher Education」で、無料のオンライン大学授業が学問の自由を脅かすというAAUPの主張が報道されていました。
興味深い問題ですので、以下に抄訳と意見を記述します。

12. 備考

特に重要な個人の能力はA5(チームワーク)である。設備や資料への意識は他の専門家(コンピュータエンジニアやグラフィックデザイナーなど)と協働する際に必要となるだろう。加えて、A2(コミュニケーション能力)も同様に重要な資質である。

11. その他の能力 (望ましい職能; 太字は特に望ましいもの)

専門的な能力

  • I01. 利用者と顧客との結びつき
  • I07. 情報探索
  • I12. 製品やサービスのデザイン
  • T03. 出版と編集
  • T04. インターネット技術
  • T05. 情報技術とコミュニケーション
  • C01. 口頭でのコミュニケーション能力
  • C02. 文章でのコミュニケーション能力
  • C03. 映像でのコミュニケーション能力
  • C04. コンピューターを介したコミュニケーション能力
  • C05. 外国語の能力
  • C06. 対人関係
  • C07. 組織間のコミュニケーション能力
  • G08. 訓練、教育活動

個人の資質(技能)

  • A2. コミュニケーション能力
  • A4. 共感力
  • A5. チームワークの精神
  • A7. 教育的な感覚
  • B1. 知的好奇心
  • C2. 批判的思考力
  • C3. 統合的思考力
  • D2. 素早い応答
  • E2. 厳密さ
  • F1. 適応力
  • F2. 予測力
  • F4. リーダーシップ
  • F5. 組織への帰属意識