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図書館学徒未満

図書館学に関する本を読んだり調べごとをしたりしています。はてなダイアリーから移行しました。

ネットで何でも分かる訳ではない一つの理由

※2015年11月11日に開催された図書館総合展フォーラム『機関リポジトリの近未来』ネタです。遅くなって申し訳ありません……。

 

 

インターネットが一般に普及してもう16年が経過した。全ての情報はオンラインに移行し、新しい情報がどんどんアップされ、大抵のことはググったら分かるようになった。このまま人類の知は黄金時代を迎え、IP reachなひとは誰でも必要な時に最先端の正確な情報をフリーに得られるようになる……かと思われた。

でも現実はそうじゃない。Twitterでは相変わらずエセ科学デマが広がり、ググっても真偽の不明な謎のまとめサイトが引っかかるばかりだ。科学技術をめぐるメディアの報道は要領を得ないものも多く、情報の出所を知りたくてもどこにあるのか分からない。今までもそうだったし、これからも、このままではネットに最先端の信頼できる情報は出てこない。それはなぜか?

答えは簡単である。そうした情報はオンラインで公開されていないからだ。

 

ある程度マトモで信頼できる最先端の科学や医学に関する情報といえば、大学等の研究機関に属する専門の研究者によって執筆される学術論文だ。それも、同じ研究者による査読を受けたものであればより信頼性が高い。

現在、レビューを受けた学術論文のほとんどは学術雑誌に掲載される。これらの学術雑誌は電子化されている物、また電子媒体でのみ配信される物も多く、大抵の自然科学系学術雑誌ならばオンラインで閲覧が可能だ――安くない料金を支払えば。

例えば最大手の学術出版社の一つであるSpringer社が発刊している"São Paulo Journal of Mathematical Sciences"誌はその内容をSpringer社の公式サイトで閲覧できる。論文一本を読むのに39.95ドルだ。Elzevier社の"Academic Radiology"誌の場合、論文のPDFが一本35.95ドルで買える。学術論文を一本書くのに他の10本の論文を引用するとして、実に400ドル近い金額がかかる。

大学のような研究機関において、このような金額を各研究室の予算でちまちま支払うのは現実的ではない。だから多くの大学では大学図書館を通じ、複数の電子ジャーナルを一括契約してなるべく購読費を抑えようとしている。それでも電子ジャーナルの年間購読料は数億にも上り、大学図書館の財政を圧迫している。

そこで各大学では、少なくとも自機関で執筆された論文については自前でオンライン上に公開しあい、広く一般の利用に供するとともに電子ジャーナルの購読料を抑える道を模索している。この自前アーカイブを機関リポジトリといい、査読付き論文の他にも学位論文や紀要論文、研究データなど幅広くその機関の研究成果を収録している。また、この機関リポジトリで執筆者自身が論文を公開することをグリーン・オープンアクセスという。

 

この機関リポジトリは素晴らしいアイデアだが、現実には問題もある。まず、機関リポジトリの構築・運営自体がタダではない。機関リポジトリは単なるファイルサーバではなく、各種メタデータの格納や研究機関での実用に耐える検索性能、他の論文アーカイブとの連携も求められる。わが国ではNII(国立情報学研究所)が率先して機関リポジトリの普及に励んでいるが、この問題を解決すべくJAIRO Cloudというクラウド型サービスまで提供して頑張っている。

www.nii.ac.jp

これにより今までに672の機関リポジトリが誕生しているが、日本国内の大学設置数が781校であることを考えるとかなりの健闘ぶりだ。いつか100%になる日を楽しみに待ちたい。

しかしながら次の大きな壁が、そもそも機関リポジトリでの公開がしづらい論文がかなりの数存在するというものだ。

実は学術雑誌に掲載された論文の著作権は、出版社がこれを持つという契約になっている。著者の一存で公開する訳にはいかないのだ。厳密に言えば「著者最終稿」という著者が投稿する直前の論文原稿は著者に権利があるが、それは雑誌に掲載されるそのままの形のものではない。また複数の所属機関が異なる著者たちによって執筆された場合や、外部からの資金を受けて行った研究成果に関する権利など、学術論文の著作権処理は案外複雑なのだ。

加えて、体裁の異なる論文や研究データを適切に処理し機関リポジトリで一元管理するための細かい作業があり、これが案外バカにならない手間だ。現在、論文が電子化される際にはその論文単位での管理のみならず、論文に含まれる図表に個別にDOI(デジタルオブジェクト識別子)を付与しての管理が一般的になりつつある。機関リポジトリに論文を登録するにあたっても、単にPDFをアップロードすればいいというものではない。研究者がこの手間を敬遠するのも、機関リポジトリへの登録を阻む壁になっている。現在機関リポジトリにおける論文の全文公開率は、博士論文に限っても28%程だ。

現在、国はこうした問題をなんとかするために、科研費の一環で研究成果公開促進費という助成金をつけている。オープンアクセス可能な論文の数は学術研究の国際競争力にとても関係が深いから、国も機関リポジトリ等を活用したオープンアクセス化の推進を行っている。先日報道もあったが、第5期科学技術基本計画では公的資金を用いた研究成果をデータも含め原則公開の義務付けが決定されている。

www.asahi.com

完成した論文本体だけではなく実験データも併せて公表されれば、例えばSTAP細胞の時のような問題をある程度早い段階で検証できる。また、似たような実験を他の研究でやっている場合、そのデータを参照して二度手間を防ぐこともできる。そのため、最近では論文そのもののオープンアクセス化にとどまらない研究データのオープン化への動きが活発だ。

 

研究者は今のところ査読付きの学術雑誌に論文を掲載するか、あるいは著書を出版しないと業績にならない。Twitterで流布されるデマの訂正に研究者の力を期待する声もあるが、そんなことをしていても彼らには一円にもならないのだ。専門知識を他者に提供して生業としているひとに対し、タダでデマを訂正して回れというのは筋違いだ。

もし研究者に対しネット上での啓蒙活動を求めるならば、グリーンの論文を増やし、それらにオンラインで簡単にアクセスできる道を拓いてもらうしかない。ここ最近ではあるが、オルトメトリクスと言って学術論文同士の被引用数以外の観点から学術論文の影響力を評価しようというアイデアも生まれている。そのアイデアを採用するならば、オンラインでの論文の閲覧回数やTwitterでの論文への言及数などが論文の評価を上げることにもなるのだ。そうなれば、研究者への評価にもつながり得る。

エセ科学に対抗する学術論文を一般人が「読んで応援」できるなら、研究者の側にもそうした論文を執筆するインセンティブが生まれる。お互いに悪い話ではないはずだ。もし同意してくれるなら、まずは自分の通っている学校や卒業した学校などの機関リポジトリ状況を調べ、OBとして、そして一利用者として関心を持って頂けると幸いです。

 

すべてはグリーンのために。

 

 

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※参考資料リスト

脚注がうまく表示されないからこちらに。