『誰かを教えることになったあなたへ -インストラクショナル・デザインへの招待』読む時間がないひと向けまとめ
これ読んどけ。最悪どちらか片方でいいから。*1
- 作者: 島宗理
- 出版社/メーカー: 米田出版
- 発売日: 2004/11
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明日から役に立つインストラクショナルデザインのすすめ - 図書館学徒未満
「わからせる」にはどうすればいいか -理解とモチベーションのコントロール - 図書館学徒未満
明日から役に立つインストラクショナルデザインのすすめ
インストラクショナルデザインとはインストラクション、つまり広義の教育を効率的かつ計画的に行うための一連の技法です*1。
仕事や日常生活の中では,私たちみんながいやおうなく教える仕事をしなくてはならないのです.たとえば,子どもに勉強を教える,職場で新人に仕事を教える,おじいちゃんにケータイの使い方を教える……などなど.そして,もしうまく教えることができたら,相手は喜び,仕事ははかどり,教えた人もハッピーになることでしょう.
インストラクショナルデザインは,私たちが誰かに何かを教えなければいけないとき,「効率のよい上手な教え方」を提供してくれます.単なる経験則や思い込みに近い人生訓ではなく,科学的に良い教え方を追求するのがインストラクショナルデザインという学問です。
インストラクショナルデザインは教育工学の一分野です。行動分析学の父、B・スキナーによる条件付け理論から派生し、ロバート・M. ガニェによって大成されました。これ以上細かい歴史的・理論的背景を知りたいひとは
- 作者: ロバート・M.ガニェ,キャサリン・C.ゴラス,ジョン・M.ケラー,ウォルター・W.ウェイジャー,Robert M. Gagn´e,John M. Keller,Katharine C. Golas,Walter W. Wager,鈴木克明,岩崎信
- 出版社/メーカー: 北大路書房
- 発売日: 2007/09
- メディア: 単行本
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本稿では学問的な深入りや正確性の追求は避け、明日から役に立つような最低限の要素に絞り込んで解説を行います。
冒頭に挙げた2冊は一般向けに書かれた本でわかりやすく、実践的な知識が必要な方におススメです。ぜひお読みください。本稿も基本的には同書に基づいて話を進めます。
最初にどうしたらいいの?
まずは明確な目標の設定です。教育をプロジェクトとしてとらえ、プロジェクトゴールを設定する必要があります。
大抵の場合、皆さんが何かを教える目的は学習者が「何かをできるようになる」だと思います。例えばアプリの設計ができたり、積分の計算ができるようになったり、日本十進分類を用いて本が分類できるようになったりといった目標が考えられます。この目標を設定するには以下のルールがあります。
- 外部から観測可能な「行動」であること
- 判断を伴う行動であること
- それができたら、その能力があるとみなすに値する行動であること
教育の目標は学習者からこの行動(以下、標的行動と呼びます)を引き出すことです。
この最終目標に到達するまでには何段階かのマイルストーンが設定できます。そういった途中の目標は「知識」「技能」「遂行」の3段階に分けられます。それぞれ
- 知識……それのやり方を知っている
- 技能……やろうと思えばできる
- 遂行……指示されなくても自発的にやる、身体に染みついている
であり、通例は「技能」あるいは「遂行」の域が最終目標とされます。どの段階を最終目標とするのかをあらかじめ決めておきます。これを目標分析と言います*3。
また、最終目標となるような行動は複数の技能から成った複雑なものである場合がほとんどです。要素となる各技能を分解した「部品技能」を解析し、それぞれどの程度の習熟度を必要とするかをひとつひとつ確認します。各技能の依存関係(AができるにはBができていないといけない)もこの段階で洗い出します。
RPGやシミュレーションゲームでよく見るような「スキルツリー」を描く感覚です。
こういったスキルツリーを描くには「初心者」と「エキスパート」を比較し、それぞれの行動がどう違うのかを調べるととっかかりがつかみやすいし網羅的に描けます。
こうしてスキルツリーができたら、どこをスタート地点とするのか検討しましょう。「初心者ならだれでもOK」は大抵の場合ウソで、プログラミングを教えるにあたって「日本語がわからない」や「マウスが使えない」といった段階のひとを相手にはできないはずです。線引きは重要です。
部品技能の習得それ自体もひとつひとつが小さな教育プロジェクトです。粒度が十分に小さくなるまで上記を繰り返し、プロジェクトの全体図を構築しましょう。
また教材に使う事例やサンプルも、それぞれの教育目標に合ったシンプルで余計なモノを含まないものが望ましいです。教えたい概念ひとつに対しその概念をシンプルに示す良い例と悪い例をセットにして提示すると*4分かりやすく、目標も明確になります。
これでプロジェクトとしての教育にスタートと経過地点とゴールが設定できたかと思います。
- 最低限○○ができているひとを
- △△ができるようになるまで教育する
これがきっちりと決まっていれば教える準備は万全です。
後は学習環境を整え、事前テストを行って想定された学習者であるかどうかを確認してから実際の教育活動に入ります。
その教育、本当に意味ありますか? -で、お次は教育評価の話
計画だけできても物事が本当にその通りに進むとは限りません。インストラクショナルデザインには絶え間ない評価と修正の過程も含みます。
授業は往々にして時系列に沿った一直線で進みますが、実際の学習者はスタート地点も様々であり、全員が同じ一直線の道で学習するとは限りません。その際もスキルツリーを事前に描いていれば、最初はバラバラな位置にいる学習者たちを最終的には同じ目標に導けます。
コツは
- マメに評価する(1回の授業ごとに成果を確認)
- 明確な行動によって評価する
- 学習者に評価基準を事前に伝える
です。これらの評価結果を元に、学習計画を臨機応変に修正していきます。難しすぎれば即難易度を下げ、学習者が違う道をたどったらすぐにこちらの指針を変えましょう。とにかくこまめに、少しずつが重要です。
特に学習者が大人の場合、評価基準について情報を共有したり、場合によってはそれが適切な評価基準かどうかを話し合うのは学習効果に大きな良い影響があります。
後でモチベーションコントロールについて述べますが、学習者に学習方針や評価基準の不明瞭さによる不安感、不信感を与えてしまうと大きなマイナスです。あくまで学習者を主役にし、黙ってついてこいといった態度は極力控えましょう。
教育評価の手法についてもっと具体的な知識が欲しい方はこちらをご参照ください。人間の能力を評価するには実に様々な方法や考え方があるのだと感心します。*5
- 作者: 梶田叡一
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2010/09/10
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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*1:実のところここで述べるような内容は教育学分野においては基本中の基本であり、行動分析学だろうが発達心理学だろうが教育工学だろうが教育方法学だろうが全部同じことを言っているのですが、インストラクショナルデザインというアプローチが一番わかりやすいのでここではそれを持ちだします。
*2:日本での主な研究者は鈴木克明、向後千春、島宗理です。彼らの仕事を追いかければ大体のインストラクショナルデザイン論の動向が分かるはずです。
*3:もっと細かい目標分析を行うにはブルームのタクソノミーが有効です。ブルーム・タクソノミーの解説書はたくさんありますが、後に上げる『 教育評価 第2版補訂2版 (有斐閣双書)』が一番入手しやすく読みやすいでしょう
*4:RULEG(rule+example)法と呼ばれるやり方で、望ましいシンプルな事例を最小差異例と言います。概念学習の効率的手法とされておりますので、ご興味がある方はぜひ調べてみてください。
*5:さらに教育評価の現在についてより広範囲に知りたい方はこちらをどうぞ。よくわかる教育評価 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)
「わからせる」にはどうすればいいか -理解とモチベーションのコントロール
「何度説明しても分かってもらえない、説明の仕方が悪いのか」
「どうも興味を持ってもらえない、やる気がないのか」
といったところで詰まる教授者も多いかと思います。特に成人学習の場合、モチベーションコントロールが学習の成否を大きく左右するために重要な問題です。
しかしまずは、それが本当にモチベーションの問題なのか?の判定が必要です。
以下のフローで本当にモチベーションが原因なのかどうかを判定できます。
「必要な知識を与えればできる/やるのか?」
Yes→知識不足が原因
No→「誰かの援助や道具があればできる/やるのか?」
Yes→技能の不足や環境が原因
No→モチベーションの問題
もし知識や技能の不足、環境が問題なのであれば、先にそちらを解決しましょう。
ほめて育てる?叱って育てる?
『インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック』では、明確に「ほめて育てる」路線を推奨しています。
好ましい要素(好子)をエサに望ましい行動を伸ばすことを「強化」、嫌な要素(嫌子)によってダメな行動を潰すことを「弱化」と言います。これはよく使われる言葉なので知っているひとも多いかと思います。
さて、この「好子」と「嫌子」には恐ろしい性質があります。それは
「それが発生した時、関連性を無視してその場と直前の要素すべてに作用する」
というものです。
つまり、例えば部下が作成した書類にミスがあったとして、それを怒鳴ったりすると(嫌子発生)、その効果は因果関係や関連性を無視して
- 書類作成という行為そのもの
- 怒鳴っている上司
- 怒鳴られている空間である職場
などに無差別に作用してしまいます。
したがって書類作成そのものが嫌になったり、職場自体が嫌になったり、上司が嫌いになったりして仕事に対するモチベーションが下がってしまいます。
なので「叱って育てる(弱化)」は副作用があまりにも大きく、「ほめて育てる(強化)」が推奨されます。
他にもある恐ろしい性質は
といったものです。
明確な評価基準を知らせず、褒めたり叱ったりをバラついて行うと、好ましくない行動がより強力に強化されてしまいます。なので
- 褒める/叱る基準を明示し、必ずその通りに褒めたり叱ったりする
- 対象となる行動が発生したら、即座に褒める
- 一度に行動を変えさせようとはせず、少しずつ細かく段階を上げて行動を修正していく
という方法が有効です。
また、当然ですが何が好子/嫌子となるかはひとによって異なります。事前に学習者の学習目標、性格や嗜好、価値観といった情報を調べ、そのひとにとって効果的かつコストパフォーマンスがよいものを好子にしましょう。
悪用厳禁!どうしても「わからせたい」ひとのためのブックガイド
この「好子/嫌子の関連性無視」という性質はほんまかいな?と思うかもしれませんが、実は人間は生まれつき物事の関連性を合理的に理解するようにはできていません。下記の本がそれを嫌というほど教えてくれます。
ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?
- 作者: ダニエル・カーネマン,友野典男(解説),村井章子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/11/22
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ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?
- 作者: ダニエル・カーネマン,友野典男(解説),村井章子
- 出版社/メーカー: 早川書房
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人間が直感で理解できるのは、精々「Aの後でBが起こった→AとBは関係あるんだ!」とか「Aの近くでBが起こった→AとBは(ry」みたいなレベルのもので、因果関係と相関関係は異なって〜などの高次の関連性理解はある程度の知的訓練でしか身につけられません。知的生命体が聞いて呆れますね☆
この人間の性質を逆手にとって悪用(?)すれば、任意の物事を「理解」させることができます。
下記の本はそのような人間の性質とその利用について細かく説明しています。より前提知識が不要なように書かれているので、『ファスト&スロー』は難しすぎる!というひとにもおススメです。
人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)
- 作者: トーマスギロビッチ,Thomas Gilovich,守一雄,守秀子
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- 作者: ロバート・B・チャルディーニ,社会行動研究会
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「いやいやそこまでマッドな話じゃなくても……ただもうちょっと分かりやすい資料や参考書を作りたいだけなんだ」というご要望でしたか、それは大変失礼いたしました。
それでしたら下記の本がご参考になるはずです。時間のない方は上の方から読んでいってください。下の方の本は理論的というかマニアック路線です。
「分かりやすい表現」の技術―意図を正しく伝えるための16のルール (ブルーバックス)
- 作者: 藤沢晃治
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1999/03/19
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- 作者: Robin Williams,吉川典秀
- 出版社/メーカー: 毎日コミュニケーションズ
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それは「情報」ではない。―無情報爆発時代を生き抜くためのコミュニケーション・デザイン
- 作者: リチャード・S.ワーマン,金井哲夫
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アンビエント・ファインダビリティ ―ウェブ、検索、そしてコミュニケーションをめぐる旅
- 作者: Peter Morville,浅野紀予
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「わかる」ってどういうこと? ※2013/06/04追記
「わかっている」とは具体的に何を指すのか?について関連Tweetをまとめます。(承前: aliliputちゃんは学校の先生でもあります)
「理論は分かったけれど具体的にどう実践すればいいのか分からないんですよ!!」って奴、お前理論わかってないよ。
しかしこの「理論がわかって*いるのに*できない」と考えるひとはいい大人でも結構多いのだ。こう思ってしまうと自分ができない原因を他所に求めるから、どんどん学習の隘路に入りこんでこじらせてしまう。
「理論がわかって*いるのに*できない」を「理論がわかって*ないから*できない」に認識が改まるだけで、落ち着いて腰を据えて勉強できるようになる。ある程度長期の学習期間をとれるなら、まずそこから変えるとよい。
「理論がわかっている」の実態は単にその理屈を暗記しているか、さもなくばその記述をなんとなく違和感なく受け入れられている、だったりするひとは意外と多い。でも「わかっている」と言うからには、その理を使って何かができないとだめなんだよ。
ちなみに前受け持っていたクラスでは、そういう「わからない」子はクラス全体の理解の底上げに大変重要な役割を果たしてくれた。「わからない」子に対して「わかっているつもり」の子に説明させる。すると本当は分かっていないことがどんどん露呈する。
「わからない」子が次々繰り出す境界ギリギリの質問に「わかっているつもり」の子は答えられない。適当な解釈を述べると、クラスの他の子たちが「それは違うんじゃない?」「僕はこう思ってた」と言い出して議論が始まる。こうなると教師は見ているだけw
「わかっているつもり」の子も苦しんでいる。自分は本当は分かっていないのに、一体何が分かっていないのかが分からないからだ。「わからない」子はそういう苦しみの解決に手を貸してあげられる。
以上、ご不明点がございましたらお気軽にお尋ねください。全ての教えるひとにご参考になりましたら幸いです!