「民間企業は図書館の運営には向かない」論のウソ
※わたしは図書館の指定管理受託をしたことがない一民間人であり、以下の記事には推測が多分に含まれます。ご了承の上お読みください。
※本稿は個別の委託問題、たとえば武雄市図書館におけるCCCの受託問題などに踏み込んで論じたものではなく、あくまで一般論です。武雄市の件についてご意見のある方は Twitter@liliput まで、あるいはこちらまでお願いいたします。
id:yuki_0さんの記事「そろそろ民間は図書館にはそぐわない,って単純にいうのはやめようぜ」に便乗します。
よく「民間企業は利益追求が最優先だから、図書館のような公共性の高い施設の運営には向かない」といった説が主に直営図書館の中のひとから聞かれますが、図書館の中のひとにも民間人が何を考えて公共案件を受けるのかを知ってもらえればと思い、本エントリを書く次第です。
そもそも「利益優先だと公共事業に向かない」という前提は間違い
民間企業が利益優先であるという一点のみで公共系の事業に向かないのであれば、そもそも公共調達が全滅です。たとえ直営館でも建物の建設は民間業者が行っているでしょう。図書館システムの導入・運営も普通は民間業者が入っていますね。
公共団体が利益優先であるはずの民間業者から公共性の高い何かを調達する事例は図書館の指定管理者以外にもたくさんあり、別段めずらしいことではありません。また、JRなどの鉄道事業各社やガス会社などのエネルギー会社、NTTなどの通信事業者も民間企業ですが、非常に公共性の高い事業を行っています。
民間企業が利益を優先することと、公共性の高い事業への向き不向きは別の問題です。図書館の指定管理者だけが民間からの調達に向いていないとするなら「公共性が高い〜」云々よりももっと個別具体的な理由が必要です。
追記
id:yas-mal「司書」「蔵書」という言葉を一度も使わずに図書館について語る偉業。…図書館の特殊性が一番の論点になる議論に、公共事業の一般論で一席ぶたれても。
「図書館の運営受託が、他の公共調達案件にくらべて『特殊』だとは思えない。もし特殊だと主張するなら、その特殊性を明らかにしてほしい」というのが本項の主旨です。多くの民間委託反対論が、論者らがその存在を主張する図書館固有の特殊性を明らかにしないまま構築されているのは問題である、という点は、 id:yuki_0 さんのエントリでも指摘されていたところです。
民間企業が公共案件から得たいものは金銭的利益とはかぎらない
指定管理者に反対する人のロジックは
「民間企業は利益を優先する」
→「不当にサービスへのコストを削り、運営費用を下げて受託費を浮かせ、利益を出そうとする」
→「図書館サービスが劣化する」
といったものだと思いますが、失礼ながらそれはあまりにも民間企業というものが分かっていないといわざるを得ません(^^;; せっかく取れた公共案件でもしそんなことをする業者がいたら、あまりにもバカです。
建設業における一昔前の談合・官民癒着の全盛時代ならともかく、現代において一般に民間企業が公共系案件を受けるときの目的は金銭的利益とはかぎりません。というかそもそも、直接的な金銭的利益のために公共案件を受ける業者は今はほとんどいないでしょう。おそらく、現在公共案件を受けている業者のほとんどが収支トントンか、赤字でしょう*1。
例外もありますが、厳しい予算で注文も厳しい公共団体は決して民間企業の「よいお客様」ではありません。民間企業相手の方が、はるかに話も通じるし予算もケチられないことが多いです。
それでも、民間業者にとっては公共案件はたとえ赤字でも、のどから手が出るほど欲しいものだったりします。
公共案件受託業者というステータス
体力があり、これから更なる成長をめざす若い企業にとって「公共案件」はひとつの夢というか、マイルストーンです。若い企業の掲げる目標の一つに「上場」がありますが、「公共案件の受託」にもそういうところがあります。
公共案件、特に大規模自治体のようなビッグネーム、欲を言えば「国」からの仕事を請けられると、企業としての信頼度が飛躍的に高まり、その宣伝効果たるや絶大なものがあります。
知り合いの社長さんで最近、国からの案件を受けられた会社さんがあったのですが、「文字通り客層がガラっと変わった、すごくいいお客さんがたくさん来るようになった」とコメントしておられました。そんな話はめずらしくありません。特に信頼性を大切にするような業界、ブランド力が大事な業界では、公共案件はぜひとも受けたいものなのです*2。
ブランド力の維持
すでに絶大なブランド力を持っている大企業であったとしても、そのブランド力を維持し続けるために赤字の公共案件を受け続けるところも珍しくありません。ブランド力の維持、マーケティングにおける防衛戦というものは、外で見ているよりもかなりお金がかかるものです。同じお金なら、広告宣伝費に突っ込むよりもたとえば「○○省御用達」みたいなポジションを確保し続けた方がはるかに効果があります。
またそこまでの意図がなくとも、たとえばメセナ的な観点から利益の出ない公共事業を受ける企業もありますし、ネーミングライツ的な効果を期待して受ける場合もあります。どちらも、ブランド力の維持のために公共事業を受けています。
抱き合わせ商法・転売
これはどちらかというと派生的なメリットですが、運用系の案件を受託して、物品やソフトウェアの調達にまである程度の発言権を獲得できた場合、ある種の抱き合わせ商法的なモノの売り方ができるようになります。
たとえば、F社*3が図書館システムの導入・保守を受託したとして、ついでにF社製のパソコンやリモート複合機を数十台ガガッと買ってもらう、ということができるようになります。そうすると図書館システムそのものでは赤字でも、ハードウェアの販売で回収できる……かもしれません。でも図書館ではハードウェアの台数が少なく、あんまり回収できないことが多そうです。
また、似たような案件を別の公共団体から受託した場合、別の団体のために作ったシステムをほぼそのままコピーしてさらに別の団体に納品することもできる可能性があります。もしそれが成功すると、事実上システム開発費が半額になるので、個々の案件の報酬自体は低かったとしても利益を出せます。ただ大抵の場合は相応のカスタマイズが必要であり、なかなかうまくいかないようです。
おそらくですが、TRCは図書館の運営委託業務を受けまくっており、ある程度標準的な図書館の運営ノウハウを貯めていると思います。ですから、経験の少ない他企業よりもはるかに少ないコストで図書館の運営を受託でき、利益を出せているのかもしれません。そしてその運営委託業務を受けまくっている実績がブランド力の向上につながり、さらなる案件受託につながる、というサイクルができているのでしょうね。
企業が公共案件で手を抜くとかあり得ない
以上の通り、企業は主にブランド力の向上・維持のために赤字でも公共案件を受けたがる、ということがお分かりいただけたかと思います。
公共案件とは受託企業にとって
生きたショールーム
です。
企業イメージの向上のために赤字覚悟でクソ公共案件を受託しているのに、その運営に手を抜くなんてかなり考えにくいです。むしろどうせ利益なんか出ないんだと開き直って、自社の導入事例パンフレットの見栄えをよくするべくグレートなサービスを提供しようと頑張るのが定石ですね。
特に図書館の指定管理者なんていう案件で、もし住民アンケートや監査の結果が悪くて指定管理者をはずされるなんていう事態が発生したら、みっともないでは済まされません。今までの努力は水の泡となり、担当者の左遷は免れないでしょう。それは受託企業が一番恐れている事態だと思います。
もちろん、調達が失敗したり高額なわりに使いにくいシステムなんかが転がってきたりすることは多々ありますが、わたしの乏しい経験からしますと、それは業者が悪いというよりは調達者側の調達能力に問題があったことが多いように思いますね……この話には本稿ではあんまり深く立ち入らないことにしますが*1。
以上の通り、民間人と公共図書館の中の人がわかりあえる一助となれば幸いです。
追記
読み返してみて、 yuki_0さんの元エントリにあった「『委託とか指定管理では専門性を持てない』という説は本当か」という問いにあんまり答えてないような気がしたので追記します。かといって、改めて追記するのもバカバカしいですが……
んな訳ないでしょうが。
委託とか指定管理では専門性が持てないという説に反論しようにも、なんでそのようなロジックが成立するか理解に苦しんでしまい、反論できません。理解できないロジックなので怒りも湧かないレベルです。なんでそれがそういう理路になるのか、ぜひわたしに説明してください。
民間人でも直営館の図書館員と同等かそれ以上の職能を持った専門職員はたくさんいます。特許事務所の人とか。それともなんでしょうか、企業図書館の人への壮大なdisでしょうか。すみません、なんか意味不明すぎるので。
さらに追記
わたし自身は、多くの図書館員が置かれている「好きな仕事してるんだから給料低くても耐えるでしょ^^」みたいな、やりがい搾取の境遇には反対です。
でもそれは指定管理者だからとかなんとかじゃなくて、純粋に労働問題として扱われるべきです。労働問題を組織運営の問題におきかえるのは、議論のすり替えです。いかなる組織にいかなる形態で雇用されていたとしても、保障されるべき権利は保障されるべきです。